月曜日・晴れ・全国的な真夏・猛暑日
ここ数日は「空(から)梅雨」気味の夏空が続いていますが、「無い物ねだり」のように雨が恋しくなってきます。
( 九州北部を襲った大雨・水害に見舞われた人々には、お悔み申し上げます。)
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「名作美術館(その218)」
「雨情緒(その2):都会の夜雨」
「雨情緒(その2):都会の夜雨」
( 観光バスの一番前に座って、車窓よりの光景を見ているような錯覚に襲われてしまいます。)
作者:ジェレミー・マン(米国)
Jeremy Mann ( American Impressionist Painter ), 1979
都会にそぼ降る雨・・・、「絵」になります。
実際は歩行の場合は傘で視界が狭まったり、雫に衣服を濡らしたり、水溜りに靴を濡らしたり、なかなか大変です。
増してや車を走らせていた場合はなおさらの事、様々な緊張・危険が伴い、いっときも気を緩める時がありません。
でも何らかの嬉しい出来事、例えば旅行で訪れた初めての街などに足を踏み入れる場合、雨の負の要素は一転します。
その目的地がお洒落なレストランやバーだったりすると、雨は殊更にロマンチックな雰囲気を加味したりするのです。
雨にけぶる街灯と、濡れた路面に映り滲むその幾重もの反射。唇や手の甲に軽快に当たる雨粒も水晶に思えてきたり。
または逢瀬も浅い恋人連れだったり、または久しく会えなかった恋人との再会に街を歩く時、雨はその輝きを増します。
そんな現代社会の都会生活らしい「絵」がないものかとネットを検索したら、上に登場の「絵」たちに出合いました。
大気の中の水粒子で拡散された照明と、光る路上で反射する滲み光彩が美しく、夜陰を魅力的に見せてくれています。
それは筆者が忘れて久しい感覚であり、最近では映画に登場する1シーンに遠き日の記憶を投影させる心象風景です。
「街遊び」を覚え始めた筆者中学生の頃、雨に濡れて光る路面や、連なり過ぎ去る車のタイヤ・ノイズが好きでした。
仄暗い喫茶店なるものに、初めて足を運んだのもその頃のことで、大人の世界に足を踏み入れることでもありました。
そこにはミステリアスな淀んだ空気が堆積していて、店を出たらいつしか「夜の雨」と言うこともしばしばでした。
「街にそぼ降る夜の雨」、今では時折 駅前の雑踏を車で通りすぎるだけです。
ワイパー越しの街頭に傘がカラフルに咲き乱れて、人々が足早に通り過ぎて。
信号の青緑が綺麗でつい見とれてしまい、後続車クラクションで促されたり。
歩道に歩き、雨情緒を全身で堪能していた筆者はもう半世紀も前のこと・・・。
傘も持たず差さず、多少の濡れっぱは当時はごく当たり前でした。
「光陰矢の如く」水滴泡沫の一粒の筆者もまた押し流され・・・
* * *
「ミュージック・ギャラリー(その240):雨の季節(その3)」
ご覧の通りの「雨」繋がりの3回目の当コーナー、懐かしの曲の登場です。
前述のコーナーでも少々触れましたが、筆者若き中学生の頃の懐かしのヒット曲を取り上げました。
中学生になって、筆者のレコード行脚が始まった頃の話しです。
当然ながら、その頃の筆者らが手に出来たのは主にシングル盤。
学生カバンの中の体育着の隙間に忍ばせた(チェック逃れ兼クッション)それらは未知の世界を届けてくれました。
クラスを超えた男女友人たちの間で頻繁に貸し借り往来が始まり、聴ける世界が急速に拡大、大いに感激しました。
筆者の通っていた中学、50~55名クラスで何と17組もあり、大量のレコードが仲間内で飛び交っていました。
貸したレコードに歌詞カードやビニール袋が付いてこなかったり、盤が汗だらけだったり、盤が別曲だったり、
またはその逆に、歌詞カードの四辺を丁寧にテープ止めされていたりで、所有者の好みと性格が現れていました。
そんなシングル・レコード貸し借り時代の真っ盛りに、この軽快センチな曲にも出会いました。
今でもギター抱えて時々歌うこの曲、その頃の年取らぬ友人たちの顔姿が脳裏にて出現します。
「リズム・オブ・ザ・レイン(邦題:悲しき雨音)」、ザ・カスケーズ
「ミュージック・ギャラリー(その240):雨の季節(その3)」
ご覧の通りの「雨」繋がりの3回目の当コーナー、懐かしの曲の登場です。
前述のコーナーでも少々触れましたが、筆者若き中学生の頃の懐かしのヒット曲を取り上げました。
中学生になって、筆者のレコード行脚が始まった頃の話しです。
当然ながら、その頃の筆者らが手に出来たのは主にシングル盤。
学生カバンの中の体育着の隙間に忍ばせた(チェック逃れ兼クッション)それらは未知の世界を届けてくれました。
クラスを超えた男女友人たちの間で頻繁に貸し借り往来が始まり、聴ける世界が急速に拡大、大いに感激しました。
筆者の通っていた中学、50~55名クラスで何と17組もあり、大量のレコードが仲間内で飛び交っていました。
貸したレコードに歌詞カードやビニール袋が付いてこなかったり、盤が汗だらけだったり、盤が別曲だったり、
またはその逆に、歌詞カードの四辺を丁寧にテープ止めされていたりで、所有者の好みと性格が現れていました。
そんなシングル・レコード貸し借り時代の真っ盛りに、この軽快センチな曲にも出会いました。
今でもギター抱えて時々歌うこの曲、その頃の年取らぬ友人たちの顔姿が脳裏にて出現します。
「リズム・オブ・ザ・レイン(邦題:悲しき雨音)」、ザ・カスケーズ
" Rhythm of the Rain " / The Cascades (1962)
イントロのビブラフォン(鉄琴)の調べが雨粒を連想させ、間奏の素朴なオルガンは失恋の空虚な心を反映しているかのようです。
アウトロ部で登場するピタパタピタパタは雨垂れの擬音で、我が国だとシトシト・ピチヤピチヤとでもなるのではないでしょうか。
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カバー曲大好きな筆者、名曲のこんなお洒落なアレンジにも出会いました。
今日の特集の絵画のBGMにもしっかりハマりそうな都会的雰囲気が秀逸です。
カスケーズのヒットから実に28年後、AORの代表的シンガーの看板通りのアダルトな歌唱が堪りません。
「リズム・オブ・ザ・レイン」、ダン・フォーゲルバーグ
" Rhythm of the Rain (cover)" / Dan Fogelberg (1990)
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こちら以前にも当コーナーで紹介済みですが、満を持しての再度の登場です。
カーペンターズ盤が大ヒットしましたが、シンガー・ソングライターのポール・ウィリアムスの紡いだ楽曲(詞)です。
このコーナーでも、以前アート・ガーファンクル盤「トラベリング・ボーイ」の際に渋い原曲にて登場しました。
レコードで大音量で聴くと、カレンの芳醇な低音や彼らのコーラスやアレンジが絶品で、鳥肌立ってしまいます。
ロック狂いの危機溢れる高校時代に出会ったカレンの端正な歌声、筆者には最良・最高の清涼・解毒剤でした。
「雨の日と月曜日は」、ザ・カーペンターズ
" Rainy days and Mondays (cover) " / The Carpenters (1971)
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こちらは若かりしカーペンターズが度々登場した冠TV番組を持って司会を務めたベテラン女優・コメディアンのバージョンです。
彼らとも親交があり、そんな縁でこの曲を歌ったのかも知れません。鼻にかかった歌唱が、歌姫バーブラ・ストライザンド似です。
しっとりとしたアダルト感覚と、時々出る「喋り」のようなブルージー・フレ―ジングが、筆者には快感です。
「雨の日と月曜日は」、キャロル・バーネット
" Rainy days and Mondays (cover) " / Carol Burnett (1972)
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時代を超越する名曲、いつ聴いても良いものですね。
でも「雨」はメランコリックな雰囲気だけではありません。
筆者幼き頃の親子ラジオで聴いた「雨に唄えば」を筆頭に、アメリカ音楽ならではの明るさは特筆すべき羨ましさです。
そんな国民気質がごく自然に綴る、こんな曲も聴きたくなってきました。
この曲も当コーナー再登場で、昨年前回とは別の動画をお借りしました。
「ラフター・イン・ザ・レイン(邦題:雨に微笑みを)」、ニール・セダカ
" Laughter in the Rain " / Neil Sedaka (1974)
私たちウェットな気質の日本人には真似の出来ない明るさが、羨ましい限りです。
( 余談ですが、 歌謡曲では珍しい明るさの橋幸夫の「雨の中の二人」も名曲です。)
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(後日追記:訳詞付きのライブ動画が見つかりましたので、追加しました。)
こちらも併せて、お楽しみください。
" Laughter in the Rain " , Live Performance / Neil Sedaka
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大の音楽(やカバー曲)好きな筆者、今回も計5曲(のち1動画追加)をyoutube上から お借りしてきました。
もっと紹介したい動画あれど、ブロックが施されていたりで多少不満ですが、このシステムや投稿者の方々に感謝です。
ともすれば憂鬱になりがちな梅雨のこの季節、薄暗い「雨情緒」を能動的に楽しみましょう。
このコーナーがささやかながら、その一部となれたのなら幸いです。
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「筆者あとがき」
この梅雨開けのような晴天続きの日、多少は雨の日が恋しくなってきました。
でもここ数日の晴れの日は、アトリエ周辺では風も良く吹いてくれ、昔日の夏を彷彿とさせてくれて、筆者には快感です。
ここしばらくハマっていたテナー・サックス演奏熱もそろそろ落ち着き、収束し始めました。
現実逃避の代償行動もこの位にして、まだ道半ばの絵画制作を再開させなくてはなりません。
「時は人を待たず」、人は時を(自由に充分には)持てず、です。
多忙の夏休みも目前に迫っています。方向転換を図らねば・・・。
ここしばらくハマっていたテナー・サックス演奏熱もそろそろ落ち着き、収束し始めました。
現実逃避の代償行動もこの位にして、まだ道半ばの絵画制作を再開させなくてはなりません。
「時は人を待たず」、人は時を(自由に充分には)持てず、です。
多忙の夏休みも目前に迫っています。方向転換を図らねば・・・。
By T講師
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