2020年10月8日木曜日

2020年、敬老の日によせて

2020年10月8日

当コーナー、超久々(およそ2年振り)の再開です。


 アトリエ・ブログからの「緊急お引越し」です。

未編集にもかかわらずアップしたものの加筆が思うように進まず、その状態のまま恥晒しを続ける訳にもいかず、

そこで、筆者の当プライベート・コーナーに移動させることにしました。完筆した暁には戻すかもしれません。

この時点では、いわゆる「逃亡・幕引き」処置です。


「2020年、敬老の日」によせて


米軍統治下のオキナワ(県に非ず)で育った筆者の音楽初体験はアメリカン・ポップスでした。

「親子ラジオ」と家族で呼んでいた米国音楽100%の有線放送で音楽の持つ魅力を知りました。

ドリス・デイ、N・キング・コール、L・アームストロング等々、子供ながらに心が躍りました。

その後、民間のラジオ放送も始まり、そこで歌謡曲を初体験。歌詞の意味が解る嬉しさを知り、

しかし同時に多くの楽曲に共通する大人の色恋の暗さ(詞と曲調)にも違和感を覚えたものです。


「親子ラジオ」時代に大好きだったグレン・ミラー楽団のマーチ繋がりで軍艦マーチを知り、

恥ずかしながら告白すれば、小学校低学年で我が国の昔日の軍歌も聴くようにもなりました。

なので、初めて買ったレコードこそミッチ・ミラー楽団の「史上最大の作戦」のサントラで、

LPでは何と東京消防庁音楽隊による「軍歌集」で、打楽器や管楽器による迫力に熱中しました。

その延長線で「武器や兵器」や「(近代)戦争」そのものの歴史にも興味を持ち始めました。

大人向けの軍事雑誌も購入し始め、読めない漢字を辞書で調べつつ、難しい言葉も憶えました。

曰く「玉砕」「在りし日」「十字砲火」「徹甲弾」「弾幕」「屍(かばね)」等々、小学3~5年生の頃です。

今風で表現するところの超「オタク」の誕生です。

人類・国家がその究極の英知を絞った科学力で「殺戮」の研究・開発を進めていることも知りました。

地上のみならず、海上も海中も、空中・高空にまで「殺戮」を押し広げていることにも慄然としました。

そして、それらがこの小さな南島でも繰り広げられ、無数の人命や人生が絶たれたことも知りました。

確かなことに、筆者の生まれ育った地には戦場の残り香が漂っていて、その勝者たちも住んでいました。

「アメリカ―ター(達)は怖いさあ~。」「何でも持っていて、何でもするさ~!」近所の老婆の言葉です。


ツマミをひねったTVとラジオからは「歌謡曲」と「民謡」と「米国ポップス」が絶えず流れ出ていました。

小学6年生になった筆者は「戦争」と言う知識の対極に「音楽」を据え置き、その虜となっていきました。

「倍賞千恵子」「舟木一夫」「橋幸夫」等々、歌謡曲全盛期に出くわし、雑誌「平凡」「明星」も知り、

「ピーター、ポール&マリー」「ブラザース4」「ナンシー・シナトラ」を経て、米国ポップスにも回帰。


中学進学と同時に、それらが「一緒くたの大洪水」となって思春期始めの筆者に猛然と襲いかかりました。

特にタイムリーに流行りだしたのがエレキ・ギターを用いた国内外のいわゆる「ビート音楽」たちでした。

国内ではグループ・サウンズが登場、本家の英米では」「ビートルズ」や「ローリング・ストーンズ」らが頂点に。

国内は「ブルー・コメッツ」「スパイダース」「テンプターズ」「ジャガーズ」「ゴールデン・カップス」等々、

英米・上記以外では、「アニマルズ」「ウォーカー・ブラザーズ」「ションデルズ」「グラスルーツ」等々、

ちょうどシングル・レコード全盛の頃、中学生のささやかな小遣いなど、幾らあっても全然足りませんでした。

小学生の頃からエレキを弾いていた友人らとエレキ・バンドを組んでからは猶更のこと万年小遣い不足でした。


高校に進学後は国内外の音楽状況に変化が起こり始め、上記の数多のGSは衰退し、フォークが流行りだしました。

一方の英米では既成のポップ色が弱まり、アーチスティックで高度なテクニックのバンドが台頭し始めました。

「クリーム」「レッド・ツェッぺリン」「ドアーズ」「バニラ・ファッジ」「ジ三・ヘンドリックス」等々。

サイケデリックでダーティーな不健康サウンドが極東の南島にも押し寄せ、その一因のドラッグもまた・・・。

あれほどの栄華を誇っていた超大国の米国もベトナム戦争の泥沼にはまり、必死にもがき苦しんでいました。

小さな南島は彼らの重要な後方基地と化し、今では想像不可な程の米兵らが押し寄せ、島の夜は賑わいました。

本土からは基地存続の祖国復帰反対闘争で、数多くのゲバ学生らが来沖し、過激なデモを繰り広げていました。

ベトナムの戦場から一時帰還した荒れた米兵らによる犯罪も頻発し深刻化、小さな島は騒然としていました。

筆者もまたバンド活動に集中するあまりに、様々な混濁を呼び寄せ、自らの心身の健康を害していきました。

・・・


以上、ほぼ半世紀に渡る筆者の音楽遍歴を大雑把にかいつまんで記してみましたが、まだまだ続く予定です。

後ほど・・・。