2017年11月3日金曜日

2017年「文化の日」特集

「文化の日」特集


当ブログにて連休中のアップを予告するも、随分と遅れてしまいました。
やっと秋らしい快晴・快風に恵まれ、連休を七沢森林公園の「森の祭り」や庭仕事に充てることが出来ました。
遅ればせながらの特集を、恥ずかしながら本日(実は11/7)お届けします。


さて「文化の日」、文化と言う言葉、考えてみればとても抽象的で、
曰く、
食文化、服飾文化、伝統文化、大陸文化、外来文化、民族文化、貴族文化、大衆文化、芸能文化等々・・・、
人類生活全般に関わる事柄ですが、単一・独立・純潔な物など存在せず、全ての事物は結合・融和されており、
また固定化されてもいず、全ては流動的で親和的で進行形の状態で、脈々と国家・地方・社会に存在・形成し、
意識・無意識を問わず、あらゆる分野に多岐に渡って浸透・継承されているある種の価値・形式・規範です。
しかし文化人類学的な見地からそれらを見渡すと、国家を超えた次元の西洋と東洋などの美的相違は興味深く、
私たちの社会のあらゆる無意識の営みの隅々にまで、その嗜好の価値判断基準・審美眼等は深く継承され続け、
そして時代の波に洗われ、魅力を失い利用されなくなった事物・事象は自然淘汰され、過去へと忘れ去られ、
それはまるで人体内の毛細血管のように、頻度が薄れ未使用になると、縮小・消滅を辿っていく運命なのです。
残存して蓄積された事物や新しい魅力的な事象は、時代の荒波を超えて、21世紀の今日にまで至っています。

我が国は西洋文明的な基準では最も果ての極東に位置し、文化の伝承の最極限の地でもあり、また島国でもあり、
一方通行的な大陸由来の様々な文化はやがてその最果ての地に着根し、孤立し、独自の世界観を生み出しました。
中国からもたらされた漢字から仮名文字が誕生し、やがてそれが書のみならず絵画の様相まで変容させたのです。

「文明開化」と言われる明治には本格的に西洋の思想・技術・価値が導入され、ここでまたしてもある種の変容が生じ、
我が国の審美眼的な価値は新たな嗜好を加味しつつ更に独自の道を歩みはじめ、今日の混沌・融合に至っています。

そして21世紀の現在、我が国の発するアニメや漫画は今や世界を席巻し、多くの熱狂的支持者が誕生しています。
翻ってみると、それらの原型は「文明開化」と言われる西洋化以前の江戸時代の絵画文化にその発祥が見られます。
武家や貴族たちに尊ばれた金碧障壁画をはじめ、泰平下の江戸の庶民衆が造り出した浮世絵などがその代表です。
それは平面芸術の極みで、今日のグラフィック的要素の全てが垣間見られると言っても過言ではないと思います。
またそれらは事物の表象の描写のみに専心するのではなく、その表象の奥や、表象を見る者の心象をも投影させて、
自然界の美しい四季折々の変化や風情を感じて、表象と心象との境界を極く控えめに円滑に合体・融合させたのです。

筆者の乱雑・稚拙な能書きはこれ位にして、
今回もまた前回に続いての我が国の伝統絵画をお届けします。

* * *

文化の日特集ー1:「名作美術館(その226):秋風情(その2)」


が、
前回の当コーナーでも言及しましたが、ネット上に投稿・公開されている伝統絵画の上質な画像が極めて希薄です。
とは言え、それでも敢えてそれらの上質とは言えない(失礼)画像をネット上から拝借、今回の特集としました。
良好ではない画質、あらかじめ ご了承ください。

礒田湖龍斎、「秋野美人図(肉筆浮世絵)」

作者の絵師は江戸中期に活躍した浮世絵師で、ネット検索すると春画も多数手がけているようです。
今回の肉筆画も秋風に遊ばれる女性の姿がやはり妖艶で、白い顔や手、露出した足が目を惹きます。
豪華な衣装から察すると遊女なのでしょうか、それとも逆に裕福な家のお嬢様なのでしょうか、
浅学な筆者には判断つきかねますが、見る人が見れば、その髪形や召物で一目瞭然かも知れません。
緋色(赤)の襦袢は遊女たちが好んで着用したようなので、或いはそんな職業の女性だったのかも。
とは言え、
そんな予備知識など持たない筆者でも、黒髪や黒漆塗りの履物との対比で輝く白肌には感じ入ります。
また袖と裾の隙間から見える背景の萩が、風の吹き付ける背後方向を指し、薄と草の茎へと導きます。
筆者も幼年時代の思い出を顧みると、そのような一瞬間の場面が鮮やかに脳裏に焼き付けられていて、
作者の絵師もまた、その女性の仕草の一瞬間が鮮烈に記憶に焼き付けられたのではないかと想像出来ます。

絵画技術的な観点から言えば、画の支持体である絹本の黄土色味の生成り色を基盤として中間調子を形成し、
その対比で女性の胡粉を用いた白色の肌を浮き上がらせ、頭髪と下駄の黒が更に女性の肌を輝かせています。
見えぬ風を描き、その風による女性の匂い立つ白肌も描き、女性の宿命をも描いているのかも知れません。

しっかりと画面の隅々まで見たいものです。


「屏風絵」

美しい四季を有する我が国の国土や風土が仮名文字や大和絵を生み、繊細な形象を生み出しました。
その世界は我が国の基礎となった大陸・中国の書画とは趣を異にする女性的な繊細さが加味され、
我が国独特な特徴となり、その優美でしなやかな曲線による絵画空間が生み出されてゆきました。

 「秋草図屏風」八曲一双、作者不詳(江戸琳派・絵師)、江戸中期、東京富士美術館所蔵

筆者、実は外国からやって来た異邦人の目で、我が国の文化をそれなりに客観的に賞味することが出来ます。
筆者の生まれ故郷は南国の「元・琉球王国」で、
そこは四季のない亜熱帯の常夏であり、また大和文化と中国・明の文化が融合した独特の風土環境でした。
その上、戦後20数年に渡るアメリカ統治の文化の影響も受け、いわゆる雑多なチャンプルー文化でした。
従って無意識・無自覚的一心同体感はなく、初めての四季や風土にはとても新鮮な衝撃を覚えたものです。
その観点から察しても、我が国の伝統文化や美術は独特で洒脱で風流で優雅であり、世界に誇れる存在です。
筆者の独断で言えば、我が国の美術の本質・真髄は「筆致(ストローク)の芸術」であり、その極致です。
その勢いの良い筆致には心地良い速度があり、洗練された円弧の形象が合体・融合し、優美さの極みです。
描き直し・引き直しの不可能なたった1本の筆致は、自然の本質・生命感を捉え、禅的な職人的技巧です。
以下、やはり画質は良くないものの、その快感・極上筆致の片鱗だけでも御覧ください。

 両作品とも酒井抱一作の「秋草図屏風(いずれも部分図)」

「萩など」、出典元に記述なく作者不明です。

「秋草図」こちらもまた出典元に記述なく作者不明です。

以上
筆者がネット上で出会った「筆致の芸術」でした。自然と四季が育んだ日本美術、これからも愛でていきたいものです。
また
しっかりと、画面の隅々まで見たいものです。

以上、「形ある文化」でした。

* * *

文化の日特集ー2:「ミュージック・ギャラリー(その293):日本特集(JAPAN)そのー2」


さて「文化の日」、上の「名作美術館」は「形ある文化」でした。
今回の当コーナーもまた前回から引き続いての日本の美や徳をお届けします。
今回youtube上からお借りした動画は、過去の江戸末期~明治時代の古い写真と共に文章も付随しています。
文明開化前後に我が国を訪れた西洋人の印象が綴られており、我が国の「無形の文化」が記述されています。
泰平な庶民衆の慣習・気質・風土・文化などが色々な側面で捉えられており、一部偏見など不適切部分あるも、
我が国の無名・市井の人々が連綿と培ってきた「無形の文化」が延々と綴られています。
歯がゆい側面や他国への偏見等もありますが、ご興味のある方はご覧になって下さい。

訪日外国人が見た150年前の日本の写真と記述
(注:タイトル、筆者によりアレンジしました)

20世紀の現代、色々と問題・課題もあり、また失ってきた慣習等あるも、その本質は変わっていないようです。
「勤勉」「正直」「誠実」「和」「思いやり」等、我が国が育んだ美徳とも言える「無形の文化」嬉しい限りです。
( *筆者注:動画の一部に偏見等 散見されますが、それなりに取捨選択してお楽しみいただければ幸いです。)


さてもう一つ、嬉しい動画をお借りしました。
転載利用不可のブロックが施されていなかったので、事後承諾の形ながらお借りしてきました。
自画自賛ではない(我田引水?)外国の方が触れ合えた我が国の文化や人々が微笑ましいです。
今回の「文化の日」の特集にふさわしい動画として、筆者の独断で選ばせていただきました。
アメリカ人女性(夫君は日本人だそうです)による嬉しい日本賛美とエール、ご覧ください。

" Why I love Japan " 私が日本を好きな理由/ Rachel & Jun

我が国の美徳である無形や有形の伝統文化、これからもいつまでも大切に愛でていきたいと強く思いました。


当コーナーの「ミュージック・ギャラリー」、その「看板に偽りあり」では困るので、次の動画をお借りしました。
久々の沖縄メロディー(琉旋)で、沖縄は石垣島の生んだ歌姫の珠玉の大ヒット名曲のライブ・バージョンです。


夏川りみ、「涙(なだ)そうそう」、作詞:森山良子、作曲:BEGIN(比嘉栄昇)、2001年発表
" Nada Sou sou (Everlasting Tears) ", By Rimi Natsukawa, Spanish Translation

筆者の故郷は昔日より文化の混じり合う島で、日本・中国・東南アジア・アメリカと雑多な混血文化が魅力です。
その沖縄音楽、ハイブリッドやクロスオーバーとなって今では海外にも沢山のファンがいて嬉しい限りです。
インターネットの現代ならではの文化交流が、これからも益々盛んになっていくことを心より望んでいます。
作詞の森山良子さんは失くした兄を想って綴ったとのこと、筆者帰郷時に母もこの歌を聴いて涙してました。
今日もまた地球の裏側のどこかの街角や室内の隅で誰かの涙と共に口からこぼれ落ちているかも知れません。

* * *

文化の日特集ー3:「我ら平和ボケのカモネギ日本人」


海外旅行 数か国の筆者ですが、外国での面白いエピソードを一つ紹介します。
10数年前に訪れたイタリアはフィレンツェでの出来事でM先生がスリに遭遇、現金とカードを盗まれました。
被害届けを出すべく現地の警察に赴いたところ、そこには何と10名ほどの日本人がいるではありませんか。
「お宅もですか?」初対面ながらお互い顔を見合わせ爆笑。何と全員が同様にスリの被害に遭っていました。
「否しかし驚いたねえ!日本じゃ有りえないよ!」皆で興奮気味に、それぞれの体験を披露し合っています。

警官から渡された被害届の書類には、さすがは観光立国、現地伊語の他に英語と何と日本語もありました。
みんなで妙な連帯感を感じながら、あれやこれやと書いていると、隣の若い女性が筆者に尋ねてきました。
「ルイ・ヴィトンのスペルってどうでしたっけ?」筆者ブランド物に関心なくも、教えてあげられました。
「私は留学2年目ですが、つい油断してしまい、レストランの席にバッグを放置してしまったんです。」
「日本では考えられないでしょ?」置引き被害に遭った女性、スリには常日頃気をつけていたとのことです。
そんな留学中のその女性がみんなの通訳役となり、スリ被害に遭いながらも何だか不思議と和んでいました。
日本人たち、ガイドの適切な指導で、現金は当日分だしカードは暗証番号のロックもあって被害は最小です。
しかも皆さん、ホテルまでのタクシー代や夕食代等、必要な現金は衣服各所に分散収納、対策は万全です。
警官曰く「あなたたちは旅行者ですぐ帰国する。スリは捕まらない。警察署ツアーの料金だと思えば良い」
みたいなことを言ってるとの事で、一同「それもそうだわね」と妙に納得顔で署内を見まわし始めました。

筆者ら日本人被害者の手続きも順調に進む中、新たに東洋系の3名の観光客らしき人たちが入ってきました。
怒声と大袈裟なそぶりの激高した様子で二人の警官にわめき散らし、只ならぬ雰囲気を発散させています。
筆者らの手続きを進めていた警官がその手を止めて二人の警官と大声で話して呆れた表情を浮かべました。
「何か大事(おおごと)でもあったのかしら?」年配の婦人の問いに、留学中の若い女性が答えました。
「あの人たちもスリの被害者ですって。で、被害金額を代わりに支払えって警官に迫ってるようですよ。」
同じシチュエーションなのに、かくも反応が違っていることに、筆者 我が国の平和ボケが嬉しくなりました。
「日本人観光客はスリたちにも僕たちにとっても良いお客さんですって。」留学の女性が締めくくりました。
筆者らを担当したイタリア人警察官の大きな目の大袈裟なウインクが、今も筆者の脳裏で焼き付いています。
「(国内だけでの)永遠平和ボケ、バンザイ 」
( 但し、非情な外交では毅然とした対応が必須です。)

以上、2017年「文化の日」特集でした。
 
By T講師 ( Hideki Toma )


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